新年の挨拶にかえて

私が生まれたときにはもう旅客機が飛んでいた。私が国際協力や国際交流で活動してきた中で、暗黙の前提となっていたのは、人(私)が国を越えられることだった。2020年、ウイルスの問題が世界共通で話せる話題になって、ウイルスは人の移動と共に拡がったのかもしれないが、そもそもウイルスにはパスポートがなく、なんとなく漂っているうちに別の国に入国している、なんてこともあるかもしれない。ともかく、社会が脅威に晒されたとき、国単位で制御や規制が働くという点で、ヒトにとって、「宇宙船地球号」や「地球市民」の概念はまだまだ遠くにあるということをつよく感じた2020年。

PLCの活動は「交流」をベースにしているから、人の移動が前提にあり、移動の制限は弱点(ピンチ)でもある。現場に行くこと、人が出会うこと、時間を共にすることの情報量や体験価値は大きくて、「同じ釜の飯を食う」効果は目に見えないネットワークの蓄積に大切な役割を果たしてきた。

さて、(COVID-19に限らず)ウイルスの感染拡大を、予期せぬ外部条件と見るのか、交通事故レベルで起きうるものとして計画に入れ込むのか。未来は予測しても仕方がないけれど、助成金や補助金の申請時に考えてしまうことがあった。そして、ウイルスに関してはスタンスが変わってきた。

2020年前半は外部条件だった。「じきに元に戻れる(それは特に渡航面で)だろう」という予測に立って、既存の活動の「再開」を描くことが多かった。ウイルスの感染拡大という不都合な現実から目を背けていたのかもしれない。ただ後半になると、そんなに簡単に渡航できなさそうだ、という前提で、ではどうしていくのかを書く(考える)ようになってきた。

「どうするか」-これは詰まるところ、道具と様式の組み合わせの問題だ。道具は、お互いあまり高度なことはできないから、通信を足掛かりにしてオンライン会議だったり、映像配信だったり、発想が貧弱だけれど結局この辺りに収まってくるんではないだろうか。むしろ肝になってくるのは様式かと思う。コントか、漫才か、大喜利か。これも様式だけれど、ここで言う様式は「お題」「問い」。良い問いには、気づきを与え、何かを変える力が宿っていると思う。

2021年がやってきた。それぞれの小さな社会は、ウイルス以前のように元通りに再開していくかもしれない。でも、国を越えた人の往来はそう簡単に元通りにはならなさそうだ。

そんな予測に立って、国際協力・国際交流の新しい活動の技法(問いを生み出す技術)を編み出すのも面白そうだなと思う。今までの活動だけでは渡航できないことは依然としてピンチだし、オンラインは対面の代替には(完全には)ならないだろうが、制限があるからこそ、使える道具の範囲内でいかに「良い」問いを立てていくかを模索したい。仮に予測が外れても痛くもないし、何より「自分が立つこの小さな社会」の集積=「世界」というイメージはなんだか悪くない。(会って体験する時間は格別なので、そちらも大切にします)

国を越えられない交流によって体験価値をどう創るのか。色んな人の意見が聞きたい。ただ、あんまり変わらないのは、PLCは試行錯誤を続けていくし、使命感のアンテナに引っ掛かればなんでもやるし、やりたいことは今やる。その一点においては、まったく曇りがない。

(文責:下田寛典)