日本/タイの国際協力、国際交流、研修、スタディツアー

2018.10_タイNGO_日本有機農業視察ツアー

埼玉県小川町の有機農家の圃場にて

2018年10月28日~11月10日までタイで生産者と消費者の間をつなぐコーディネーターとして活動する実践者を対象にしたツアーを企画・実施しました。日本の有機農家と交流したほか、農家と取引する加工業者、地域の保育園やレストランとの連携、農家と行政のかかわりなど、それぞれの立場から有機農業運動に参加してきた実践者たちの生の声を聞き取る研修プログラムをおこないました。

受入れ側のコメント

大野和興氏

ぼくがタイの村を歩き始めたのは1990年初めでした。前年、ベルリンの壁が壊れ、東西冷戦が終了、世界が一つの市場で結ばれたときでした。バンコクの町はまだ薄暗かったのが印象的でした。幌のない小型トラックの荷台に乗って、イサーンや北タイの村を駆け回ったのですが、走り出して10分もすると頭から足先まで全身、砂ぼこりで真っ白になりました。舗装道路はほとんどなかったからです。

単一の世界市場の形成とともに本格的に動き出した経済のグローバル化はたちまちタイを巻き込み、急速な経済成長が始まります。それはとりもなおさず都市の発展と村の衰退ということでもありました。コメの輸出拡大は農民の受け取る米価の下落を伴いました。道路やダム建設などといった開発で土地を追われる農民がいたるところにいました。バンコクへ、東京へ、台湾へ、韓国へと怒涛のような出稼ぎが始まりました。日本の農民もまたグローバリゼーションの波に翻弄され、困難の中にありました。ぼくたちはタイ、日本、韓国、フィリピンなどの農民に呼びかけ、アジア農民交流センターというささやかなグループを作り、交流を始めました。

名前は大きいのですが、やっていたことは時に集まったり、行ったり来たりして酒を飲む、別名アジア百姓酒飲み会と称していました。それからほぼ30年、その時の第一世代はみんな歳をとり、死んだり引退したり病気になったりと、まあ最後の時を迎えています。PLCが取り組んでいる日・タイのNGO交流に接しているとそんな思い出がふっと頭をよぎります。同時に、感じるのはタイ市民社会の成熟です。この30年間だけでもいろいろありました。何度もの政変、アジア経済危機、盛り上がる民衆運動の波。タイは途上国から新興経済国へ、そして今、成長するアジアをけん引する経済大国になろうとしています。そうした時代を経て、農と食の問題に取り組む新しい世代が登場していることをいつも実感させられます。

交流で日本に来られる方々の紹介文を見るだけで、すごいなと思うのはいつものことです。有機農業をはじめとするオルタナティブ農業の普及やネットワークづくり、安全な食を求める都市市民と手を組んでの食の新しいマーケット開発、地域での民衆銀行の活動、都市農業づくり等々。人と人、地域と人、都市と農村をつなぎながら、こうした活動が実に地道に取り組まれ、社会を少しづつ変えていって、生きやすい地域をつくり出しているさまがうかがえます。日本に来てもらうだけでなく、日本から出かけて行ってそうした活動に学ぶことがいま必要なのではないか、と切実に感じています。

私自身、首都圏のはずれのはずれの山間地の町に住んで、知的障害児と小さい農業をやり、その生産物を売るささやかな直売所を同じ農業ジャーナリストの西沢江美子に先導されてやっているのですが、タイの皆さんとはジャーナリストとしてではなく、共通の思いを抱えた仲間としてつながりたいと思っています。

大野和興氏|日本の農業ジャーナリスト。日本農業新聞記者を経て、フリージャーナリストに。主に農業・食糧問題を取材・執筆。現在は『日刊ベリタ』の編集にあたる。脱WTO草の根キャンペーン実行委員会事務局長、アジア農民交流センター世話人、国際有機農業映画祭実行委員会代表も務めている。成田国際空港周辺で農業に関するボランティア団体「地球的課題の実験村」の代表を務める。

 

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